2011年に放送され、最終回視聴率23.9%を記録した大ヒットドラマ『マルモのおきて』。
芦田愛菜・鈴木福という当時6歳の双子役コンビと、阿部サダヲ演じる不器用な独身男・高木護(マルモ)の”疑似家族”を描いた本作は、今も多くの人の心に刻まれている。
しかしドラマを改めて振り返ると、もう一人の重要な人物の存在に気づかされる。
双子の実母・青木あゆみ(鶴田真由)だ。
序盤こそ「亡くなった」と処理されていた彼女だが、物語の核心に深く関わる人物として中盤以降に姿を現す。
今回は、あゆみという母親のキャラクターを多角的に深掘りしていく。
マルモのおきて、次週最終回・・・いやだぁ!: マルモのおきて、見ていますかーーー? 次週最終回です。。。(_) 薫と友樹は母親あゆみと一緒に暮らせるのか?・・・じゃあ、マルモはどうなるの?? 誤解が解けて、本当の家族と一緒に… http://bit.ly/ktAAj9
— 元祖・浦和レッズ bot (@urawaredsbot) June 27, 2011
マルモのおきて、あゆみという母親が問いかけるもの:「死んだ」と聞かされていた母
ドラマの設定上、薫と友樹が最初に知る「母親」の情報は、すでに亡くなっているというものだった。
父・笹倉純一郎が末期がんで急逝したことで孤児となった双子は、マルモに引き取られ、新しい”家族”との生活をスタートさせる。
当然、視聴者の関心も「血のつながらない父親代わりのマルモと双子の絆」に向けられる。
だが物語が進むにつれ、「実は母親は生きている」という事実がじわじわと浮かび上がってくるのだ。
母・あゆみが「死んでいる」と双子に伝えられていた背景には、離婚という事実がある。
純一郎と離婚したあゆみは、子供たちの前から姿を消した。
その際、双子に対して「ママは死んだ」と伝えることになった——これは、子供たちを傷つけないための苦肉の策だったとも解釈できるが、視聴者の目には「子供を捨てた母親」の影として映る。
「マルモのおきて」最終回に納得できない我が家では、マルモとあゆみ(鶴田真由)が結婚すればすべて丸く収まるじゃないかって結論に達した。
— スタニケ (@stnike) July 4, 2011
マルモのおきて、あゆみという母親が問いかけるもの:なぜ彼女は子供たちを捨てたのか
あゆみが家を出た直接の理由として、ドラマが提示しているのが育児ノイローゼだ。
双子の育児という重圧に精神的に追い詰められたあゆみは、限界を超えた末に家を出るという選択をした。
これは「無責任な母親」として単純に断罪できる話ではない。
産後うつや育児ノイローゼは、母親の意志や愛情の強さとは無関係に誰にでも起こりうる深刻なメンタルヘルスの問題だ。
当時の社会的な認知はまだ低く、追い詰められた末に「消えることしかできなかった」というあゆみの姿は、現代の目線で見ると一層複雑な感情を呼び起こす。
さらに、離婚という出来事も彼女の心理状態を悪化させた要因のひとつと考えられる。
夫婦関係の崩壊と育児の孤立が重なった中で、彼女は「母親であること」を続けられなくなった。
マルモのおきて、あゆみという母親が問いかけるもの:母として、そっと見守ることしかできなかった理由
第7話「双子の実母、ついに現る!」で、あゆみは護と双子の前に姿を現す。
しかしこの時、彼女は自分が母親であることを名乗らない。
「おばちゃん」として双子に接しながら、そっと見守るという立場を選ぶのだ。
この姿勢には二つの感情が混在している。
ひとつは、子供たちを捨てたことへの深い負い目だ。
突然「お母さんです」と現れることで、双子が混乱し傷つくことを彼女は恐れていた。
実際、双子の伯父・秋人はあゆみに対して「二人を捨てたあゆみ」として否定的な感情を抱き続けており、周囲の目線も厳しいものがあった。
もうひとつは、マルモと双子が築いた絆への配慮だ。
護は不器用ながらも全力で薫と友樹を育て、「おきてノート」を通じて本物の家族の絆を育んでいた。
そこに突然乗り込むことの罪悪感が、あゆみを「母親とは名乗れない」立場に縛り続けた。
マルモのおきて、あゆみという母親が問いかけるもの:護の「手紙」が動かした決断
物語が大きく動くのは、護が純一郎の遺した手紙を発見する場面だ。
手紙には、純一郎が「もう一度あゆみと家族4人で暮らしたかった」という願いが綴られていた。
これを読んだ護は、ある決断を下す。
双子をあゆみの元へ返すことだ。
自分が双子と離れることは辛い。
しかし親友の本当の願いと、双子の「本当の家族」のことを考えれば、それが正しい選択だと護は信じた。
護自身にとってこの決断は、もはや家族として離れられなくなっていた双子との別れを意味する。
だからこそこのシーンは視聴者の涙を誘い、最終回の瞬間最高視聴率27.5%という驚異的な数字に繋がった。
マルモのおきて、あゆみという母親が問いかけるもの:双子の反発と、最後に選ばれた「おきて」
真実を知らされた薫と友樹は、母親の告白を素直に受け入れられなかった。
「なんでずっと嘘をついていたの」という反発は子供として当然の感情だ。
しかもマルモと別れることになるのだから、混乱は二重にも三重にも深かった。
それでもふたりは、護と共に作ってきた「おきてノート」の最後の言葉に向き合う。
「はなればなれでも家族」
この言葉を受け入れた双子は、あゆみと共に旅立つ決意をする。
しかしラストシーンで、ふたりは護の元に戻ってくる。
あゆみもそれを受け入れ、「はなればなれの家族」として双子に関わり続けていくという形で、物語は幕を閉じた。
マルモのおきて、あゆみという母親が問いかけるもの:まとめ
青木あゆみというキャラクターは、「良い母親」でも「悪い母親」でもない。
育児の重圧に潰れ、一度は逃げ出した。
しかし子供たちへの愛情を持ち続け、遠くから見守り、最終的に「母親として引き取ること」と「子供たちの幸せのために手放すこと」の両方を受け入れた。
彼女の物語は、”母親”という役割が一枚岩でないことを示している。
完璧な母親でなくとも、愛情は続く。そして「家族」の形は、血縁や同居だけでは測れないという、このドラマ全体のテーマと深く共鳴している。
鶴田真由が体現したあゆみの繊細さと哀愁は、『マルモのおきて』という作品をより深く、より多層的なものにした存在だったといえるだろう。



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