踊る大捜査線に出てくる孤高の犯人、小栗旬

ドラマ

国民的ドラマ・映画として日本のエンターテインメント史にその名を刻んだ「踊る大捜査線」シリーズ。

青島俊作をはじめとする湾岸署の刑事たちが、時にコミカルに、時にシリアスに事件と向き合う姿は、多くの視聴者を魅了しました。

シリーズを通じて、数々の個性的な犯人たちが登場しましたが、その中でもひときわ異彩を放ち、物語の終焉に重厚な問いを投げかけた存在が、俳優・小栗旬が演じた鳥飼誠一です。

彼は単なる「犯人」という言葉では到底括ることのできない、シリーズが長年描き続けたテーマそのものを体現したかのような、複雑で悲劇的なキャラクターでした。

本記事では、「犯人」としての小栗旬=鳥飼誠一がいかにして生まれ、湾岸署、そして青島俊作の「最後の敵」となり得たのかを、段階を追って解き明かしていきます。

踊る大捜査線に出てくる孤高の犯人、小栗旬:鳥飼誠一とは何者か?―エリートが抱えた絶望と正義

小栗旬が演じた鳥飼誠一がスクリーンに初めて登場したのは、2010年公開の『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』。

警視庁刑事部捜査第一課管理官という、エリート中のエリート「キャリア」です。

冷静沈着で頭脳明晰、若くして将来を嘱望される彼の姿は、当初、湾岸署の面々とは対極に位置する「上層部」の人間として描かれました。

しかし、彼の内面には深い闇が潜んでいました。

その根源は、過去に彼が巻き込まれたある事件に遡ります。

誘拐事件の被害者となった際、警察の失態によって心に深い傷を負い、同時に警察組織そのものへの絶望と不信感を抱くことになったのです。

この原体験が、彼の歪んだ正義感と行動原理を形成しました。

彼は、腐敗しきった警察組織を内部から変革するためには、一度すべてを破壊し、再生させるしかないという過激な思想に至ります。

その手段として、彼は自らの立場を利用し、法を逸脱した行為に手を染めていくことになるのです。

踊る大捜査線に出てくる孤高の犯人、小栗旬:「犯人」としての鳥飼の特異性―動機は私怨にあらず

「踊る大捜査線」シリーズに登場した犯人たちの多くは、金銭目的、痴情のもつれ、個人的な怨恨といった、比較的理解しやすい動機を持っていました。

しかし、鳥飼の動機は全く異質です。

彼の目的は、私利私欲を満たすことではなく、彼が信じる「正義」の実現、すなわち警察組織の大改革でした。

そのために彼が犯した「罪」は、従来の犯罪とは一線を画します。

情報操作と捜査妨害

『THE MOVIE 3』では、自らが管理官として捜査の指揮を執る裏で、意図的に情報をリークし、捜査を混乱させ、警察の無力さを世に知らしめようと画策しました。

テロリストの利用

『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』では、その行動はさらにエスカレートします。

彼は、警察に恨みを持つ元同僚が引き起こしたバスジャック事件や、サイバーテロを利用し、警察組織を根底から揺さぶる大規模な劇場型犯罪を裏で操ります。

彼の行為は、特定の個人に向けられたものではなく、巨大な「組織」そのものに向けられたものでした。

これは、青島俊作が「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」と叫び、現場の視点から組織の矛盾と戦い続けたことと、コインの裏表の関係にあります。

鳥飼は、「正しいことをしたければ、偉くなれ」というシリーズを貫くテーマに対する、最も過激で、最も悲しいアンサーを提示した存在だったのです。

踊る大捜査線に出てくる孤高の犯人、小栗旬:青島俊作との対比―二つの正義の最終決戦

鳥飼誠一というキャラクターの深みは、主人公・青島俊作との対比によって一層際立ちます。

同じ「警察官の不正を許さない」という志を持ちながら、そのアプローチは正反対。

青島が光の道を歩み続けたのに対し、鳥飼は影の中から組織を断罪しようとしました。

だからこそ、『THE FINAL』で繰り広げられた両者の対決は、単なる刑事と犯人の戦いではなく、「踊る大捜査線」が15年間にわたって描き続けた「キャリアとノンキャリア」「理想と現実」「組織と個人」というテーマの最終決戦となったのです。

小栗旬の鋭い眼光と、内面に秘めた激情を静かに表現する演技は、この複雑なキャラクターに圧倒的な説得力を与えました。

彼の存在なくして、シリーズの壮大なフィナーレはあり得なかったでしょう。

踊る大捜査線に出てくる孤高の犯人、小栗旬:まとめ

小栗旬が演じた鳥飼誠一は、単なる物語上の「犯人」ではありませんでした。

彼は、巨大な組織の中で個人の正義がいかに脆く、そして時に危険な形で暴走してしまうかという、現代社会にも通じる普遍的なテーマを背負った存在でした。

彼の悲劇は、彼一人のものではなく、硬直化した警察組織そのものが生み出した必然であったとも言えます。

青島俊作という希望の光が強ければ強いほど、その光が届かない場所で生まれた鳥飼という深い闇もまた、濃くなっていったのです。

「踊る大捜査線」は、小栗旬という当代きっての実力派俳優を得て、シリーズの最後に最も手強く、最も悲しい「鏡」のような敵役を創造しました。

鳥飼誠一という「犯人」を通して、私たちは改めて「正義とは何か」そして「組織とは何か」を問われたのです。

彼の存在は、これからも「踊る大捜査線」が不朽の名作である理由の一つとして、語り継がれていくに違いありません。

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