いつかヒーローはなぜ面白いのか?

ドラマ

現在放送中のドラマ『いつか、ヒーロー』。

20年の昏睡から目覚めた主人公・赤山が、かつての教え子たちを救う物語――。

ここまではよくある設定だ。

しかし本作が非凡なのは、この赤山が単なる熱血教師ではなく、かつて「企業を食い物にするハゲタカファンドの敏腕マネージャー」だったという過去を持っている点にある。

「金」と「情」。

対極にある二つの武器を持つ彼が、なぜ今「ヒーロー」と呼ばれるのか。

その真価を、彼の経歴というフィルターを通して再考する。

いつかヒーローはなぜ面白いのか?:「熱血教師」の皮を被った「最強の交渉人」

彼は熱いだけの男ではない。

むしろ彼は、現代社会を生き抜くための「危険すぎるスキル」を持ち合わせている。

第2話以降、彼が対峙するのは、教え子たちを搾取するブラック企業や、古い慣習に縛られた組織だ。

普通の教師ドラマなら、ここで「心」や「道徳」を説いて終わる。

しかし、元ハゲタカの赤山は違う。

彼は相手の懐に入り込み、相手が最も恐れる「経済的・社会的損失」という急所を、笑顔で突きつけるのだ。

例えば、教え子の交野瑠生(曽田陵介)を救出する回。

パワハラ上司に対し、赤山は怒鳴り込むのではなく、その会社の経営状態と不正会計の証拠をチラつかせながら、淡々と「取引」を持ちかけた。

「瑠生を解放するか、この情報を株主に流すか。どっちが得か計算できるよな?」 かつて冷徹に企業を切り売りしていた男が、そのスキルをたった一人の教え子を守るために使う。

この「力の誤用(もとい正しい転用)」こそが、本作最大のカタルシスである。

いつかヒーローはなぜ面白いのか?:知りすぎている男の「あえて」の選択

赤山は、資本主義の残酷さを誰よりも知っている。

数字が人を殺すことも、金が正義を変えることも見てきた。

だからこそ、彼が発する「金じゃ買えないものがある」という言葉には、世間知らずの善人が言うそれとは桁違いの重みがある。

「効率」へのアンチテーゼ

元学級委員長の樋口ゆかり(長濱ねる)が、婚約者との関係を「将来のための合併(マージ)」のように語った際、赤山が見せた悲しげな表情が印象的だ。

彼は過去、効率と利益のみを追求し、その果てに何か大切なものを失って教師に転身した(ことが示唆されている)。

今の彼が、一見無駄に見える「お節介」や「遠回り」にこだわるのは、効率の先にある虚無を知り尽くしているからこその、「魂の防衛戦」なのだ。

いつかヒーローはなぜ面白いのか?:なぜ彼は「いつか、ヒーロー」なのか

このドラマの面白さは、赤山が「スーパーマン」ではないところにある。

ハゲタカ時代のスキルを使えば、教え子の悩みを金や権力で一瞬で解決することも可能かもしれない。

しかし、彼はそれをしない。

あくまで最後の最後、理不尽な巨悪に対してのみ「元ハゲタカの牙」を剥く。

それ以外の日常では、彼は不器用な一人の人間に戻り、泥臭く生徒に寄り添う。

「俺はもう、数字で人を測りたくねえんだよ!」 そう叫ぶ彼の姿は、過去の自分への贖罪のようにも見える。

いつかヒーローはなぜ面白いのか?:毒を以て毒を制す、大人のための寓話

『いつか、ヒーロー』は、清廉潔白なヒーロー物語ではない。

一度は修羅の道を歩き、汚れを知ってしまった男が、それでも「きれいごと」を信じようともがく物語だ。

社会の仕組みに押しつぶされそうな時、私たちは思う。

「誰か助けてくれないか」と。

赤山は、そんな私たちの前に現れる。

片手には「資本主義という凶器」を、もう片手には「教師としての愛」を持って。

毒(ハゲタカの論理)を以て毒(現代の理不尽)を制す。

この痛快な逆転劇を見逃す手はない。

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