都会の片隅で、深夜にだけひっそりと灯りをともす「めしや」。
マスターの作る懐かしい料理が、訪れる人々の心と小腹を満たし、それぞれの人生模様を静かに浮かび上がらせる。
それが、ドラマ「深夜食堂」の持つ普遍的な魅力だ。
数ある珠玉のエピソードの中でも、多くの視聴者の心に深く、そして静かに刻まれている一編がある。
それが、女優・つみきみほがゲスト出演した回だ。
「つみきみほの回が良かった!」――この一言に込められた共感の正体は何なのだろうか。
本記事では、その理由を論理的に、そして具体的に解き明かしていきたい。
深夜食堂28話「きんぴらごぼう」とても良かった。ヤクザの山中崇と先生のつみきみほがいい。今んとこ深夜食堂で暫定一位です。 pic.twitter.com/1fG4hpIGIT
— Akihiko Tori Marl (@akimaltolihico) April 28, 2021
深夜食堂、つみきみほの回は良い!:第三部 第八話「きんぴらごぼう」
つみきみほが出演したのは、ドラマ『深夜食堂3』の第八話(通算第28話)。
タイトルは「きんぴらごぼう」。
物語は、「めしや」の常連客であるヤクザのゲン(山中崇)が、一人の女性客の来店に息をのむシーンから始まる。
彼女の名は、市川千鶴(つみきみほ)。
ゲンの高校時代の英語教師であり、彼が密かに憧れ続けた女性だった。
教師を辞め、ニューヨークで通訳として暮らしているという千鶴。
偶然の再会に舞い上がるゲンは、自分がヤクザであることを隠し、彼女と交流を深めていく。
二人を繋ぐ思い出の料理が「きんぴらごぼう」。
かつて、問題児だったゲンを気にかけていた千鶴が、彼のお弁当に入れてくれた特別な味だったのだ。
しかし、彼女の帰国には、ある秘めた目的があった。それは、かつて不倫関係にあった男性と再会するためだった。
今日録画した
深夜食堂見ましょう☺
きんぴらごぼうの巻
つみきみほさん
本当に
深夜食堂は
役者が最高です😆🎵🎵 pic.twitter.com/pyAxGd5Xb0— レディーまこすけ (@1018Filter) November 17, 2016
深夜食堂、つみきみほの回は良い!:抑制された演技が描く「大人の諦観と、捨てきれない情」
このエピソードが傑出している最大の要因は、つみきみほが見せる「静の演技」にある。
彼女が演じる千鶴は、決して感情を爆発させない。
むしろ、その表情は常にどこか憂いを帯び、穏やかな微笑みの裏に、諦観と、それでも捨てきれない過去への情念を滲ませる。
例えば、マスターにだけぽつりと語る過去の恋愛。
その視線は遠くを見つめ、声のトーンは淡々としている。
しかし、そこには後悔、郷愁、そして自己肯定への渇望といった複雑な感情が渦巻いていることが、視聴者には痛いほど伝わってくる。
派手な演出や饒舌なセリフに頼らず、たたずまいだけで一人の女性が歩んできた人生の陰影を表現する。
つみきみほの円熟した演技力は、この物語に圧倒的なリアリティと深みを与えている。
彼女は、決して「幸せ」を声高に語らない。
ニューヨークでの生活も、どこか空虚さを感じさせる。
その姿は、多くの大人が抱える「選ばなかったもう一つの人生」への思いや、「これで良かったのだろうか」という漠然とした問いを刺激する。
だからこそ、我々は千鶴というキャラクターに、強く感情移入してしまうのだ。
深夜食堂、つみきみほの回は良い!:「きんぴらごぼう」という料理の象徴性
「深夜食堂」の巧みさは、料理が単なる小道具ではなく、登場人物の心情や関係性を映し出す鏡として機能している点にある。
この回における「きんぴらごぼう」は、まさにその象徴だ。
ゲンにとっての「きんぴらごぼう」
それは、荒んだ青春時代における唯一の温かい記憶であり、憧れの女性(聖母)との絆の証だ。
甘辛い味付けは、淡い恋心の甘さと、ヤクザという現実の辛さのメタファーともとれる。
千鶴にとっての「きんぴらごぼう」
彼女にとっては、教え子との過去の思い出の味であると同時に、恐らくは「良き教師であった自分」を思い出させる味だったのではないだろうか。
不倫という過ちを犯し、人生の軌道から外れてしまったと感じる彼女にとって、それは純粋だった頃の自分を呼び覚ます、ほろ苦いノスタルジーの味だったのかもしれない。
ゲンが「カタギになるから一緒になってくれ」と、不器用ながらも純粋な想いをぶつけるクライマックス。
彼の申し出を、千鶴は静かに、しかしきっぱりと断る。
この時、二人の間にはもはや「きんぴらごぼう」が象徴した淡い師弟関係は存在しない。
大人の男と女として、残酷な現実と向き合うのだ。
料理が繋いだ縁が、人生の厳しい現実によって断ち切られる。
このビターな展開こそ、「深夜食堂」の真骨頂である。
深夜食堂、つみきみほの回は良い!:まとめ
「深夜食堂」のつみきみほの回は、単なるノスタルジックな再会物語ではない。
それは、人が生きていく上で避けられない「ままならなさ」と、それでも前を向いて歩き出す人間のささやかな強さを描いた、極めて優れた人間ドラマである。
抑制の効いた演技で大人の女性のリアルを体現したつみきみほ。
不器用な純情を憎めない魅力で演じきった山中崇。
そして、二人の人生の交差と別離を「きんぴらごぼう」という一皿に凝縮させた脚本と演出。
全てが完璧に噛み合ったからこそ、このエピソードは忘れがたい輝きを放っている。
結局、千鶴は想い人には会えず、ゲンはカタギにはなれなかった。
それでも、彼らの人生は続いていく。
「めしや」での一夜は、ほんの一瞬の出来事だったかもしれない。
しかし、あの甘くて、辛くて、少し歯ごたえのあるきんぴらごぼうの味は、きっと二人の心に残り続けるだろう。
人生は思い通りにいかない。
しかし、それでいい。
そんなマスターの優しい眼差しが、この物語の根底には流れている。
多くの「つみきみほの回が良かった!」という感想は、このドラマが持つ人生への深い洞察と、温かい肯定への、私たち視聴者からの最大の賛辞なのである。
コメント