十五夜とお月見の違い!実は同じようで微妙に違う!

日本には四季の移り変わりを祝い、豊かな自然に感謝する行事が数多く存在します。

その中でも、秋の訪れと共に行われる「十五夜」と「お月見」は、特に親しまれてきた行事の一つです。

これら二つの行事は、同じように月を観賞する点では共通していますが、実はそれぞれに微妙な違いが存在します。

今回はその違い、起源や歴史、関連する民話や伝説、伝統的な料理について、詳しく説明します。

十五夜とお月見の違い

「十五夜」と「お月見」は、どちらも月を観賞する行事ですが、それぞれに微妙な違いがあります。

「十五夜」は、毎月の旧暦の15日の夜を指します。

この日は通常、月が満ちて満月になる日であることが多いです。

しかし、日本の伝統的な行事としての「十五夜」は特に旧暦の8月15日を指し、この時期は「中秋の名月」とも呼ばれ、収穫の感謝や五穀豊穣を祈る日とされています。

一方、「お月見」は一般的には月を観賞する行事全般を指します。

特定の日を指すわけではなく、満月の夜に行われることが多いです。

その中でも「十五夜」、特に旧暦の8月15日の「十五夜」が最も代表的なお月見の日とされています。

十五夜のお月見の起源と歴史

十五夜お月見は、どのようにして始まったのでしょうか。その起源と歴史について、時代ごとに見ていきましょう。

十五夜のお月見の起源は中国の中秋節

十五夜お月見の起源は、中国に伝わる『中秋節』が起源だともいわれます。

商の時代(紀元前1600~1046年)に生まれたもので、月を祭る行事は3000年余りの歴史を持っているのです。

伝統的な祭りとして広がったのは、唐の時代(618~907年)のことで、今でも中国では中秋節の行事を盛んに行う地域があります。

一般的な過ごし方としては、月祭りを開催し、みんなでお祝いするものです。『月餅』という日本のお饅頭に似たお菓子を食べ、提灯などを飾ります。

十五夜のお月見が日本に伝わったのは平安時代

十五夜お月見が日本に伝わったのは平安時代(794~1185年)のことです。

当時、貴族たちは中国からさまざまな文化を取り入れていました。

その中に、十五夜に月を見ながら宴をするという風習もありました。

しかし、貴族たちは月を直接見上げるのではなく、水面や盃に映る月を眺めていたそうです。

これは、直接見ると目が悪くなるという迷信や、水面や盃に映る月がより美しいという考えからだったと言われています。

十五夜のお月見が庶民に広まったのは江戸時代

十五夜お月見が庶民に広まったのは江戸時代(1603~1868年)のころです。

この時期は農業が発展し、収穫物が豊富になりました。

そのため、十五夜お月見は農作物への感謝や豊作への祈願をする意味も加えられました。

また、江戸幕府が天文学や暦学に力を入れたことも影響し、旧暦8月15日が最も美しい月が見られる日だと定められました。

これが「中秋の名月」と呼ばれるようになった由来です。

十五夜のお月見にまつわる民話と伝説

十五夜お月見は、秋の夜空に輝く美しい月を眺める行事です。

しかし、月にはさまざまな民話や伝説があります。

その中から、日本やアジアの代表的なものを紹介しましょう。

日本の十五夜のお月見にまつわる民話と伝説

日本では、十五夜お月見には月見団子や里芋などを供えますが、その理由には民話が関係しています。

例えば、次のようなものがあります。

月見団子の由来

月見団子は、お米を使って作った団子で、満月に見立てて供えます。

その由来は、昔々、農家の娘が病気になりました。

医者は「満月の夜に月を食べさせれば治る」と言いましたが、それは無理な話です。

そこで、父親はお米で団子を作り、満月に見立てて娘に食べさせました。

すると娘は元気になりました。

それ以来、十五夜には月見団子を供えるようになったというものです。

里芋の由来

里芋は、土の中で育つ野菜で、地下の世界とつながっていると考えられています。

その由来は、昔々、ある男が死んだ後、地獄へ行きました。

しかし、男は地獄で働くことを嫌いました。

そこで、男は地獄から逃げ出そうとしましたが、閻魔大王に見つかりました。

閻魔大王は「お前は地獄から逃げられない」と言って、男を里芋の茎に変えました。

それ以来、十五夜には里芋を供えるようになったというものです。

アジアの十五夜のお月見にまつわる民話と伝説

アジアでは、十五夜のお月見は「中秋節」と呼ばれています。

中国や台湾では、中秋節には月餅や提灯などを用意しますが、その理由には民話が関係しています。

例えば、次のようなものがあります。

月餅の由来

月餅は、中秋節の代表的なお菓子で、円形で甘いものです。

その由来は、昔々、中国では元朝が暴政をふるっていました。

漢民族の人々は元朝から解放されたいと願っていました。

そこで、ある人物が計画を立てました。

彼は中秋節の日に皆に月餅を配りましたが、その中に暗号が隠されていました。

「今夜八時起事」と書かれた紙切れです。

皆はその暗号を読んで反乱を起こしました。

そして元朝を倒して明朝を建国しました。

それ以来、中秋節には月餅を食べるようになったというものです。

提灯の由来

提灯は、中秋節の夜に飾られる明かりです。

その由来は、昔々、ある男が妻と別れて遠くへ旅立ちました。

妻は毎晩夫の帰りを待ちわびていましたが、夫から連絡もなく心配でした。

そこで妻は提灯を作って玄関先や庭先に飾りました。

すると提灯が光って空へ飛んで行きました。

妻は驚きましたが、「これなら夫も私のことを見つけられる」と思いました。

それ以来、中秋節には提灯を飾るようになったというものです。

十五夜のお月見の伝統的な料理

十五夜には伝統的な料理があります。

月見団子

月見団子は、お米で作った団子で、満月に似せて供えます。

月見団子はお供え物ですが、一般的にお供え物は仏様や神様が食べるものだから、食べてはいけないとされていますが、十五夜のお供え物に限っては食べるのがよいと言われています。

これは、お供え物を食べる行為が、神様が食べることと同じと見なされるからです。

月のパワーを浴びたお供え物を食べることで、健康や幸せになるとも言われています 。

月見団子の中で最も多いのは月に似せた白くて丸い団子ですが、地方によっては団子の中に小豆餡が入ったものや、白く細長く作ったお餅に餡子を乗せたもの、団子を餡子で包んで串に刺したもの、しずくの形をしたもの、真ん中にくぼみを作って餡子をまぶしたもの、白いお餅に小豆をくっつけたものなど実に様々にあります 。

里芋

里芋は、土の中で育つ野菜で、地下の世界と繋がっていると考えられています。

里芋は十五夜ではきぬかつぎ(皮付きのまま茹でて皮を剥く)や唐揚げ(皮付きのまま揚げて甘辛いタレをかける)などで食べます 。

十五夜とお月見の違いのまとめ

十五夜とお月見は、共に月を観賞する行事ですが、それぞれに微妙な違いがあります。

十五夜は毎月の旧暦の15日を指し、その日が満月になることが多いです。

しかし、日本の伝統的な行事としては特に旧暦の8月15日の「十五夜」が重要で、収穫の感謝や五穀豊穣を祈る日とされています。

一方、お月見は月を観賞する行事全般を指し、特に満月の夜に行われることが多いです。

いずれも季節の変わり目や自然の美しさを感じ、五穀豊穣や家族の健康を祈る日本の伝統的な行事であり、その歴史や文化を今後も引き継いでいくことが大切です。

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